インタビュー

SUMICALM リリース記念インタビュー連載:フリーアナウンサー町亞聖さん -第4回-

公開日:2017/01/12

SUMICALMのリリース記念、フリーアナウンサーの町亞聖さんインタビュー連載。

シリーズ最終回は、"介護"に関する様々な課題について、また町さんの描くこれからの「新しい介護のカタチ」についてお伺いしました。特に人材不足については、とても分かりやすくお話ししてくださいました!

フリーアナウンサー:町亞聖さん

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第4回これからの「新しい介護のカタチ」とは

「寿退社」する男性介護職員・・・待遇改善は早急に改善すべき課題

町さんはかつて、厚生労働省の「介護人材確保に関する調査研究・検討委員会」の研究メンバーを務めていらっしゃいましたが、研究事業ではどのような活動をされていたのでしょうか。

厚生労働省の発表によりますと団塊の世代が75歳を迎える2025年に必要な介護職員は全国で約250万人と言われていて、38万人の人材が不足すると予測されています。

すでに介護人材の不足は深刻な問題で、特別養護老人ホームを新しく建てても職員が集まらずにフルオープン出来ないという事態が全国各地で起きています。

私がお手伝いした研究事業では介護事業者、人材マネジメント会社、教育機関、行政等、様々な立場から介護の仕事の魅力をどうやったら向上できるか、また介護職の社会的評価をどうやったら高めることができるかなど議論をしました。

「寿退社」と聞くと女性を思い浮かべますが、介護の現場では男性が結婚すると家族を養えないという理由から退職するという笑えない話をよく耳にします。介護職の給与が他の業種と比べて安いということは周知の事実ですので、やはり早急に改善すべき問題ではあります。ですが、このことをあらかじめ理解した上で、人の役に立ちたいという志を持って介護職を選ぶ若者は少なくありません。人材不足や離職は単純に給料が安いということだけが理由ではないのです。

介護現場の人材不足の本当の原因は・・・・

介護現場では離職率が高いとも言われていますが、実際の正規職員の離職率は約15%で、他の職種の14%程度と比べても、介護業界だけが特別離職率が高いわけではないと指摘する専門家もいます。ただし、介護の現場を支えている大多数の人は非正規の職員で、正社員と比較すると雇用も不安定で待遇も悪いために、離職率が高いという現実は見逃してはなりません。

また、職員の定着率についてもかなりばらつきがあり、退職者がいないという事業所もあれば、次から次へと職員が辞めてしまう事業者もあります。辞める主な理由は低賃金ではなく、実は「人間関係」であることも分かっています。職員同士、事業所の理念と合わないなど、熱意を持って飛び込んだにも関わらず、理想と現実のギャップに悩んで退職する人が多いと言われています。

研究事業は議論だけではなく、全国の様々な規模の介護施設の人事担当者を集めての研修も開催し、現場での取り組みや抱えている悩みなどを直接伺う機会もありました。小さい規模の施設では「人事担当者」という位置づけもあいまいで組織という形も取れずに、たった1人で採用や教育などを受け持っているというところもありました。

このように人材不足の問題を解決する前に、採用側にも課題があることが浮き彫りになりました。どんな人材が必要なのかという計画的採用や採用した後のキャリアアップを目に見える形で示すことができるか、ノウハウも不足していてマネジメントが機能していないと感じました。

介護は単なるお世話ではなく「人生の伴走者」

厚生労働省は若い人を介護現場にと言っていますが、介護人材の不足を新卒から採用しようとすると、10人に1人が介護の世界を選ばないと足りない計算になるとも言われています。せっかく介護の専門学校を卒業しても、3Kと言われる介護の仕事のイメージのためか、親が反対して他の仕事を選ぶ人もいると聞きました。

介護の現場でも1) 新卒2) 介護や看護の専門性の高い有資格者3) 生活を支える介護補助と言ったような多様で柔軟な人材が必要だと考えます。不足する人材を全て若手で補うことは不可能です。現状はヘルパーの方も増えていませんし、介護福祉士の専門性を向上させようという動きもありますが、まだ試行錯誤が続いている状況です。

介護という仕事は単なる"お世話"ではありません。食事、排泄、入浴などの生活介助だけではなく、1人の人間の人生に寄り添う重要な役目を、家族の変わりにする、"伴走者"のような存在です。その意味では技術だけではない幅広い能力や感性が求められることは間違いなく、介護福祉士などの専門性をもっと高めていくことで、介護は誰でも出来る仕事ではなく、「プロの介護職だからできるプロの介護へ」とイメージを自分達で変えていく必要があります。プロの仕事には相応の対価を払うべきと社会に認識してもらうことが、低賃金などの待遇の改善に繋がるのだと思います。

5年後10年後の"将来像"を描けるようにすること。そして、コミュニケーション能力や調整力をもったリーダーを

さきほど計画的な採用が出来ていないところもあるという話をしましたが、採用する側もどんな人材が必要なのかを明確にする必要がありますし、その上で1人1人の適性を見抜いて育成していかなければなりません。そして介護の現場で5年、10年と長く働き続けたらどうなるのか"将来像"を描けるようにする必要があると思います。

介護の仕事についている人全員が施設長になれるわけではありませんし、逆に全員が施設長になることを希望しているかというとそうではない場合もあります。また、一般の会社と違い係長、課長、部長などの管理職のポストが豊富にあるわけではない介護職の中での「キャリアパス」については厚生労働省も苦心してモデルケースを提示していますが、介護やケアはなかなか数字で評価することが難しいのが現実です。

「要介護度を改善させることができた」「ご家族とも上手に連携し本人の希望を叶えられ、生活の質を向上させることができた」「最期まで寄り添い施設で看取ることができた」などそれぞれの施設が目指す介護の形があり、目標も多岐にわたると思います。現場で働く一般の介護職の能力をどう評価し、モチベーションを高めていくかは、その施設を運営する経営者やリーダーの腕にかかっているのではないでしょうか。

研究事業の議論の中で、「介護現場にはリーダーが不足している」という意見も出ていましたが、介護は多職種の連携が必要となる仕事ですので、生活介助や身体介助の技術だけではなく、上に立つ人にはコミュニケーション能力や調整力も求められます。

最終的にはこの施設で働きたいと思ってもらえるかどうか、そして理想とする働き方をしている人がいるかどうかが人材確保の鍵となるのではないでしょうか。これは介護業界だけに当てはまることではないと思います。

「不便だけれど不幸ではない」認知症当事者の声に耳を傾ける

国や自治体の取り組みに加え、私たち(地域・街全体で)が関われること、役にたてることなど、より身近なところで出来ることなどはありますか?

介護保険制度は2000年にスタートしましたが、グループホームを建設することに対して地域住民が反対運動を起こすということが各地で相次ぎました。当時はまだ痴呆症と呼ばれていた時代で、認知症に対する理解が広まっていなかったことが背景にありました。

あれから16年が経ち少しずつではありますが認知症への理解は進んできたように感じます。若年性認知症の当事者のみなさんがワーキンググループを立ち上げ

「認知症になると何も出来なくなる」という誤解を解消したいと活動をスタートさせました。認知症になって不便はあるけど不幸ではないという言葉が印象に残っています。

是非、当事者の方の声に耳を傾けて下さい。認知症を理解するための第一歩はまず「知ること」です。

顔の見える関係を作ることで初めて地域は"居場所"となります

「知る」と言えば自分の住んでいる地域についても同じことが当てはまります。恥ずかしながら私も含めて若い世代は地域との繋がりが薄いと感じています。実は車椅子の母がいたことで同じマンションに住む皆さんと私達家族は繋がりを強めることが出来ていました。「何かあったら遠慮なく声をかけてね」近所の奥さんがこう声をかけてくれたことは非常に心強かったです。母のように障害を持つ人も認知症の人も地域の中で当たり前の暮らしを送ることは、お互いに助け合う気持ちを持つきっかけになるのではないでしょうか。

都会でも地域との繋がりが残っている場所が沢山あります。東京・高田馬場にある元民生委員をやっていた方のお宅には、お昼時になると近所の方が自然と集まってきます。みなさんご主人に先立たれた方ばかりで、それぞれお惣菜や田舎から送ってきた野菜などを持ち寄り、あっという間に食卓に沢山の料理が並びます。私も何度かお邪魔させていただきましたが、お昼ご飯を食べながらおしゃべりに花を咲かせている様子はとてもうらやましいなと思いました。

元々このお宅は米屋を営んでいて地域に開かれた場所だったそうです。集まる場所があることで高齢者の1人暮らしでも孤独ではないとみなさん話していました。そして仲間が亡くなる・・・ということもありますが、「老い」や「死」は長い人生を歩んでいれば避けられないことだということを教えていただきました。

ただ人が住んでいるだけでは地域とは言えず、そこで暮らす人達が顔の見える関係を築いていくことではじめて地域が"居場所"となるのではないでしょうか。人生の先輩達を見習って私達世代も地域の中で繋がりを広げていかなければと思います。

介護ロボットなどの技術革新で介護者の負担を軽くし、生まれた時間や心の余裕をより良いケアのために使う

介護ロボットの活用について、どのようにお考えですか?

人材不足も深刻ですので介護ロボットの開発には注目が集まっていますね。現在も、介護ロボットがデイサービスなどの利用者向けのリクリエーションの指導に導入されたりしていますが、介護職の人には腰痛で悩んでいる方も沢山いますので、入浴介助の際の補助機械など上手に利用して、身体的な負担を軽くすることができればと思います。

介護ロボットではありませんが医療機器を取り入れて職員の介護の負担を軽減している施設があります。廃校になった小学校を改築して開設された品川区にある「ケアホーム西大井」では、小型の膀胱内の尿量を測定する「ゆりりん」という医療機器を使って、入居者の個々人のトイレのタイミングを把握して排泄介助をしています。介護職の負担を減らすことができた上に、介護度の重い人もオムツを使用せずに、スタッフのサポートを受けて自分でトイレに行けるようになったということです。

言葉によるコミュニケーションが難しい認知症の方もいます。介護ロボットなどの技術革新により物理的な負担を軽くすることで生まれる介護する側の時間や心の余裕をより良いケアのために使えるようになればと思います。

「貴方がいてくれて良かった」そう思ってもらえる存在に・・・介護で大切なのは技術でも場所でもなく「人」です。

町さんが考える、介護の現場で働く人に求めることはありますか?

繰り返しになりますが、介護は誰でも直面する問題です。全ての人が当事者になります。「もし自分が介護される側になったら?」と考えてみて下さい。答えはそんなに大きく違わないのではないでしょうか。

これから介護職の人は多くの看取りと向き合うことになります。若い方にとっては人生で初めての看取りになるかもしれません。「看取りは悲しいことだと思っていましたが、そうではなく最期までどう生きるかを教えてもらう貴重な機会なんだと気づきました。」こんな風に話してくれた若手の介護職がいました。

不安や戸惑いもあるかもしれませんが必ず学びや気づきがあるはずです。また失敗や後悔も沢山あるとも言っていましたが、失敗は成功のもとですし、失敗しないと気づかないこともあります。偉そうにお話していますが私も沢山失敗しましたし後悔もあります(笑)

「貴方がいてくれて良かった」と思ってもらえるような存在になって欲しいと思います。介護ロボットの話がありましたが、最期にロボットに看取られたいとは誰も思わないですよね。ロボットと人間の大きな違いは"想像力"です。「その人らしく」最期まで生きてもらうためには何が必要なのか、相手を想う気持ちを忘れずにいて欲しいです。

介護で大切なのは技術でも場所でもなくやはり「人」だと思います。

最期まで生き切ることを支える"介護"「どう生きるか」のバトンを受け取り次に繋げる仕事・・・

今回で最終回となりますが、最後に、未来を担う世代につないでいきたいと思う、   町さんが描く「新しい介護のカタチ」とは?

大切な人を見送ることはとても悲しいことです。母を亡くして17年も経ちますが未だに思い出して涙することもあります。ただ先に旅立った母は残された私達家族がいつまでも嘆き悲しんでいることを決して望んでいないと思います。

ある在宅ホスピスに尽力する先生がこんな話をしてくれました。「天国は必ずあります。先に逝った人たちは天国で逢いたいと思っていた人に逢えているのだから決して悲しいことではないですよ。」そして「私にも逢いたい人が沢山います」と。

「逢いたい人に逢える」という先生の言葉に救われた気がしました。2度と逢えないから悲しいんですよね。でもまた母に逢える、その時まで一生懸命生きないと、と改めて思いました。

"生き切ること"を支えるのが介護です。

母から受け取った「どう生きるか」の"バトン"を次に繋げることが果たしてできるかどうか。私もまだ答えを探している途中です。

これらの「新しい介護のカタチ」・・・

今回で町さんのインタビュー連載は最終回となります。

最後にいただいた「 "生き切ること"を支えるのが介護 」というメッセージが、とても印象深く残っています。町さんの描くこれらかの「新しい介護のカタチ」、それは今までにない斬新なことを始めるのではなく、今までも当たり前に私たちの周りにあったことへの「見方」を変えてみる、「知ろう」とする、そして「受け入れる」こと。少し工夫をするだけで大きく変わるのかもしれないですね!

10年という長い介護経験を終えて、とても素敵に輝かれている町さんからの数々のメッセージには、今を頑張る人たちへ"伝えたい"という想いが込められていました。

SUMICALMのリリース記念、フリーアナウンサーの町亞聖さんインタビュー連載

【プロフィール】

1995年に日本テレビにアナウンサーとして入社。

その後、活躍の場を報道局に移し、報道キャスター、厚生労働省担当記者として医療や介護問題などを中心に取材。

(がん医療、医療事故、不妊治療、難病、社会保障問題など)

2011年にフリーアナウンサーに転身。

脳障害のため車椅子の生活を送っていた母と過ごした10年の日々、そして母と父をがんで亡くした経験をまとめた「十年介護」を小学館文庫から出版。医療と介護を生涯のテーマに取材を続ける。

【出演番組】

TOKYO MX土曜日 午前11時~12時
「週末めとろポリシャン」MC
文化放送水曜日 13時~15時30分
「大竹まことのゴールデンラジオ!」水曜レギュラー
ニッポン放送毎週日曜日 あさ6時25分~6時55分
ウィークエンドケアタイム「ひだまりハウス~うつ病・認知症を語ろう~」

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