インタビュー

SUMICALM リリース記念インタビュー連載:フリーアナウンサー町亞聖さん -第3回-

公開日:2016/12/15

SUMICALMのリリース記念、フリーアナウンサーの町亞聖さんインタビュー連載。

第3回目は、「未病について」です。「未病」・・・最近よく耳にする言葉ですが、では実際に私たちが取り組めることって?と思われる方も多いかもしれません。でも、とても身近なことからはじめられるんです!

フリーアナウンサー:町亞聖さん

前回の記事はこちら

第3回未病について

今、神奈川県では「未病を治す」(=心身の状態を整え、より健康な状態に近づける)という取り組みを積極的にすすめています。第3回は、この「未病」についてお伺いしていきたいと思います。

健康で元気にすごすためには、ストレスをためないこと

町さんご自身が将来健康で元気に過ごすために、日頃から心がけていることはありますか?

ストレスをためないことです!

私は後輩からビール星人と言われるほどのビール党で、一番のストレス解消は楽しく美味しくビールを飲むことです。

もう時効だと思いますので、ここだけの内緒のビールにまつわる思い出をお話しします。母が亡くなってから体調を崩し5年ほど療養していた父を看取った時のこと。胃がん、肺気腫、バセドー氏病など本当に色々な病気を併発し、最期は肺不全の状態で10日くらいICUに入っていました。酒飲みで家事もほとんど出来ない反面教師のような人でしたが、母を想う気持ちだけは深かった父・・・。最期は看取ろうと妹と二人で病室に泊まり込んでいました。

先生からは5日くらいといわれていたのですが、まだ年齢は56歳と父も若かったので10日ほど頑張りました。

私達にできるのはそばにいることだけで・・・4日ほど過ぎたころに「缶ビール飲んじゃおうかな」と妹に買ってきてもらいました(笑)。ICUでしたので、一応ビニール袋に入れて隠して・・・。妹も「お父さん飲兵衛だったから、ちょっとくらい大丈夫だよ。」と言ってくれました。散々、子供達に迷惑をかけた父でしたが、息を引き取った時は泣けてきましたし、どんな父親でもいなくなると淋しいものですね。このように私の介護は決して完璧ではありませんでした。

少しだけ自分のことを甘やかす、ちょっと許すことも大切だと思います。

その他にもジムで運動はしていますが、これも意外と自分に甘くしていまして(笑)必ず週3日いかなくてはダメとかではなく、美味しくビールを飲むためにという我ながら小さな目標を掲げて行ける時に行くという感じです。

未病と心の状態は密接な間柄

「未病を治す」3つの取り組みとして「食」「運動(身体活動)」「社会参加(交流)」があげられますが、町さんのご経験の中で取り組まれたこと、または取り組んでおいた方が良いと感じられたことはありますか?

大切なことは、心の状態を保つことです。

糖尿病にならないような食生活をするなど病気にならないようにすることは大切ですが、過剰に心配することがストレスになり、逆に病気になる可能性もありますし、いくら気を付けていても病気になってしまうことはあります。

母がお手本のような人でしたが、身体に障害があってもがんになった時も、本当は辛いことも沢山あったと思いますが、常に笑顔を絶やさずに穏やかに過ごしていました。どんな状況にあっても「感謝だわ」と言ってくれていた母のように、心を穏やかに保てるように心がけています。

また「社会参加」というところでお話ししますと、落ち込んでいるとどうしても人と会いたくないなと思う時があります。ですが、そんな時こそ人に会うようにしています。一人では心の安定は保てません。

会社を辞めてフリーになり気づいたことがあります。テレビ番組の制作には多くの人が携わっていますので、会社に行けば必ず誰かいます。

何気なく隣にいる人と会話をすることは日常の当たり前のことだと思っていました。しかしフリーになると約束をしないと人と会えない日が続くということに気がつきました。

自分から意識的に色々な場所に足を運び、色々な人に会うことで「繋がり」を作っていくことの大切を改めて噛みしめています。

介護と医療を生涯のテーマに取材や神奈川県はじめ全国各地で講演をさせていただくなど啓発活動を続けていますが、フリーアナウンサーになったからこそ、同じ志をもつ仲間との新たな出逢いが沢山ありました。

「人生で出逢うべき人には一瞬早すぎず一瞬遅すぎず出逢える」最近好きなことばですが、まさにその通りだなと感じています。

介護は長丁場なので、ご自身のことを後回しにせずその方にあったスタイルを見つけることが大切です。

介護をする側の人にとって、自分のことは後回しになってしまいがちだと思うのですが町さんのご経験から、介護をする側の人にも気をつけておいてほしいことなどはありますか?

介護は長丁場です。短期決戦とわかれば、多少無理をしてもいいと思います。

末期がんと分かった母は余命半年と先生から言われていましたが、1年半闘病しておりますので決して短くはありませんでした。

どのような状況でも長生きしてほしいと思っていましたが、変わりゆく母の姿をそばで見守ることは辛いことです。家族も第二の患者と言われていますが、私達も精神的に追い込まれた状態でした。

そんな中でアナウンサーの仕事を続けながら看病ができたことは、気持ちを切り替えるのに役に立ちました。何よりカメラの向こうにテレビを観ていてくれる母がいます。笑顔の私を観てもらうことで、少しでも元気を出してもらいたいと思いました。

「介護や看病をしている人は、かわいそうな人」という固定概念が潜在意識の中にありますよね。介護をする側にも息抜きが必要です。少しの時間でも厳しい現実から離れて、友達とおしゃべりしたり、趣味に没頭する時間を持ったりしていいと思います。

〇〇してはいけないという決まりはありません。介護している側にも「今は我慢しなければ」という気持ちがあるのも事実です。

私の父も母が車椅子になった時から、人生の全てを母に捧げていました。ですが介護にも必ず終わりがやってきます。しかも愛する人がこの世を去るという形で・・・。「お母さんが死んだら俺も死ぬ」と言っていた父は、母亡きあと大きな喪失感を抱えてしまいました。「生きていてもしょうがない」と口にしたこともあります。

そして、その言葉通り悲しみから抜け出せずに死んでしまいました。家族のために人生をかける選択も否定しませんが、先に旅立った母は残された私達家族が幸せであることを願っていたはずです。「介護、その後」も生活は続いていきますので、少しだけ自分のことも思い遣りながら介護に向き合って欲しいと思います。

介護の現場を取材する中で出逢った、"息子介護"を10年続けていた方をご紹介します。

この方は、第三者の力は絶対に借りたくないと「俺流」を貫いていました。認知症のお母さんの行動に苛立ちが募り暴力をふるってしまったり・・・典型的な一人で抱え込んでしまう介護でした。後半はデイサービスやショートステイを利用したりはしていましたが、基本的には息子一人で介護をする、といったスタイルでした。そしてたまたま家を空けた時にショートステイ先でお母さんが亡くなられました。「最期まで自分が」と強い意思で介護を続けていた方に限ってこういうことがあるものです。でもお母さんは息子さんに対して「よく頑張ったからもういいよ」という気持ちを持っていたのではないかと思います。

そしてお母さんが亡くなった後の彼の言葉が印象に残っています。「母が亡くなったことはもちろん一番寂しいけれど、介護スタッフが家を訪ねて来なくなったことも寂しかった」と。

デイサービスなどの介護サービスを利用することは、息子さんが社会と繋がる細い糸となっていたのです。お母さんだけでなくこの息子さんも介護職の方に支えられていました。元気な時は意識しませんが、普段から未病の時に社会交流しているとそれが困ったときのセーフティーネットになります。

この方の物語には続きがあります。あれほど第三者の手は借りたくないと豪語していたのに、今ご自身が第三者の手となり介護施設で働いています。家族だけで抱えずに第三者の力を借りることの大切さを教えてくれるエピソードです。

介護生活も、日常の延長です。毎日の中でできることを見つけてみましょう。

では、介護される側の人のQOLやADLを低下させない為に、気を付けたいことなどはありますか?

第1回目の「介護と向き合う」で母のケースをお話しいたしましたが、できること、残存能力がありますので残された機能で何ができるかなということを家族が気づいてあげることが必要です。

家族がその人に残された能力をいかに見出して、そこを取りこぼさないようにする。年とともにADLが落ちていくことはどうしても仕方のないことですが、小さなことでもいいので、例えば最後まで自分でトイレへ行く、とかの目標を立てることが大切です。

ADLを落とさないことを目標にしてしまうのではなく、落とさないための具体的な目標を作ることが必要です。

病院だと食べられなくなると胃瘻をしたりしますが、一口でも食べられるのならば自分で食べることが重要になり、食べるためにどうしようか、という次の考えにつながっていきます。

ADLやQOLを下げないために必要なのは、病気を治す医療ではなく「ケア」です。できることは実は沢山あります。

病気というと家族は見守るだけ、になってしまいますが、治療で治すことができない状態の方へのケアというのは、例えば口腔ケアやマッサージ、外出もQOLを下げない大事なリハビリになります。ずっとやっていた習慣であれば、それを継続させてあげることに取り組んでみてください。

私が後悔していることの一つに母にごはんを作ってもらわなかったことがあります。鍋に火をつけることはやってもらっていましたが、利き手が麻痺していましたので危ないからと包丁を握らせませんでした。山口県に"バリアアリー"というコンセプトのデイサービス「夢のみずうみ村」というところがあります。

施設の中では箪笥が手すり代わりとなっています。何故なら、施設の中はバリアフリーでも、帰宅すれば家の中には少なからずバリアがあります。施設にいても自宅と同じような環境の中で過ごすことでできることを増やしていくのです。

ここでは母のような片麻痺の方でも料理をしていました。私も母に料理をしてもらえばよかったと後悔しました。他にも、もともと車関連の仕事をされていた認知症の方が、デイサービスでタイヤの交換をするなど、作業記憶はいつまで残っていますので、片麻痺や認知症の人は何も出来ないと決めつけずにチャレンジしてみて下さい。

人間の可能性は無限です。

「知る」ことで自分を守ろう。

私たち一人ひとりが「未病」への関心を持つことの大切さについて、どのように思われますか?

「病気」「障害」「老い」「死」などから人間はどうしても目を背けがちです。なるべくなら考えたくないし、自分には関係ないことと思いたい。ですが誰しもやがて年をとり最期の時を迎えます。

失って初めてその大切さやありがたさを知るものですが、でも気づくきっかけは身近に沢山あります。

私の場合は身近に病気をした家族がいたからわかったのですが、全ての人が私達のように悲しい思いをする必要はありません。私の経験が気づきのきっかけの一つになればと思っています。

きっかけは、本でも映画でもいいですし、ブログでもいいです。人の経験を通してやはり「未病」は大切だと気づく。そのためには当事者が語れるようにすることも大切ですね。

まだまだ日本人は、海外に比べ知ることに対して臆病になりがちです。遺伝子検査などで自分の身体のいろいろな傾向もわかるようになりましたが、わかった後どうするのかを考えると中々知りたくない、怖いとなってしまいます。でも知ることは心構えをすることに繋がり、事前に対処法を考えるなど選択の幅を広げることができるのです。

「未病」の第一歩は知ることではないでしょうか。インターネットなど世の中には様々な情報が溢れていますが、正しい情報を見極める目を養って欲しいと思います。

知ることが自分自身や愛する家族を守ることに繋がります。

次回シリーズ最終回のテーマは、これからの「新しい介護のカタチ」

「未病」について、まずは「知る」ことから・・・これならすぐにでも取り入れられますよね!そして「介護する側の方々がご自身の人生も尊重できるように」という町さんのご経験を交えての温かなメッセージ。今回も貴重なお話を伺うことができました。

さて、次回はいよいよシリーズ最終回です。町さんが描くこれからの「新しい介護のカタチ」について伺います!

続きを読む

【プロフィール】

1995年に日本テレビにアナウンサーとして入社。

その後、活躍の場を報道局に移し、報道キャスター、厚生労働省担当記者として医療や介護問題などを中心に取材。

(がん医療、医療事故、不妊治療、難病、社会保障問題など)

2011年にフリーアナウンサーに転身。

脳障害のため車椅子の生活を送っていた母と過ごした10年の日々、そして母と父をがんで亡くした経験をまとめた「十年介護」を小学館文庫から出版。医療と介護を生涯のテーマに取材を続ける。

【出演番組】

TOKYO MX土曜日 午前11時~12時
「週末めとろポリシャン」MC
文化放送水曜日 13時~15時30分
「大竹まことのゴールデンラジオ!」水曜レギュラー
ニッポン放送毎週日曜日 あさ6時25分~6時55分
ウィークエンドケアタイム「ひだまりハウス~うつ病・認知症を語ろう~」

神奈川県有料老人ホーム検索

神奈川県内の介護付き有料老人ホームと住宅型有料老人ホームを検索できます

あわせて読みたい

もっと見る →

IDEALIBRARY

アイデア ライブラリー

介護に関するアイデア集